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編集者ノート(No.4) 米中貿易戦争の意味2

2018年8月16日


トランプ米大統領は、日本時間の3月9日未明に鉄鋼とアルミニウムの輸入制限を正式に発表しました。鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を上乗せする措置を23日から発動しました。


中国の迂回輸出に対抗するため、全ての国・地域を対象に関税を引き上げるとしていましたが、最終的な対象国はカナダとメキシコを除く全世界の国と地域となりました。日本などの同盟国については、安全保障や経済面での協議次第で、除外する可能性を示しています。(輸入制限は米通商拡大法232条に基づくものです。)

また、貿易相手国がアメリカからの輸入に課す関税と同率の関税を、相手国からの輸入に賦課する「相互税(reciprocal tax)」の実行を計画していることも明らかにしました。仮に中国がアメリカからの車の輸入に25%の関税を課すなら、アメリカも中国からの車の輸入に25%の関税を課すことを検討中ということです。

トランプ氏は、輸入制限の文書の署名式で、ダンピングによってアメリカの鉄鋼業やアルミニウム業が「攻撃」されてきたことを強調しました。「これは安全保障上の問題であり、私は、政治家になるずっと前からこの問題について発言してきたし、政治家はなんらこの問題を解決してこなかった」と述べました。さらに、署名式に招かれた鉄鋼・アルミ業の労働者の一人は、「鉄鋼の輸入が増えた80年代に父親が仕事を失った。『今日仕事を失ったんだ』と語った父の目を忘れることができない」と述べました。


だがアメリカの国民は、保守系メディアも含め、多くがトランプ氏の関税引き上げによる輸入制限に批判的です。トランプの政策は「保護主義」で「内向き」で、世界のリーダーシップから降りたという見方が多いのです。


こうしたメディアによるトランプ氏への批判は本当に当たっているのでしょうか。


1. 中国のダンピングは安全保障上の脅威


ホワイトハウスの発表によれば、2000年以降、アメリカの鉄鋼業の雇用は、5万4千人減り、アルミニウムでは同じ期間に4万人減ったと言われています。2012年から、主要な6つのアルミニウムの精錬工場も閉鎖しています。


しかし、鉄鋼は陸上作戦部隊が使う船や潜水艦、戦車、軽装甲機動車等に使用され、アルミニウムは広範囲の通常兵器や航空機に必要なため、安全保障上の問題に直結します。他国からの輸出によってアメリカの鉄鋼・アルミ産業が根絶やしになれば、自前で武器も製造できないという事態に陥りかねません。


中国は鄧(トウ)小平の改革開放政策以来、安い製品を作るための生産体制を整備するために、GDPの7割を生産体制の強化のために投資し続けました。つまり、国家丸抱えで「構造的なダンピング体制」をつくり上げて、輸出力を増大してきました。その結果、アメリカの商務省のデータによると、2000年には、世界の鉄市場の20パーセントをわずかに超えていた程度の鉄の産出高は、2015年には60パーセントにまで上昇しました。

中国の鉄鋼のダンピング問題に対し、アメリカおよびヨーロッパは、中国が2000年に世界貿易機関(WTO)に加盟してから公正なルールに従うように通告を重ねてきましたが、中国は何度もルールに従うと言うのみで、対策を打ちませんでした。


中国との紛争を回避したいオバマ前大統領はこの問題を見て見ぬふりをしてきましたが、中国の構造的ダンピング体制によって、世界中の人々の仕事が奪われてきましたし、資本主義の体制も崩壊しかねない事態になっていました。政治的意志の欠如から起きたこの問題を、リーダーシップの発揮によって解決しようとしているのがトランプ氏であります。


2. 原理主義的な自由貿易によって国家は強くならない


貿易において、一方の国がモノを買い続け、もう片方の国がその国から何も買わなければ、自由貿易は成り立ちません。また、中国人民元を人為的にコントロールしているが、同じルールで競争していない国と自由貿易を続けると不公正なものになります。


さらに、中国がアメリカとの貿易を通じて貯め込んだ資金で、核・ミサイルや軍艦、人工島に軍事施設などを造って周辺地域を侵略しようとするなら、この現状を放置してはならないです。


原理主義的な自由貿易主義者は、トランプ大統領の政策を「保護主義」だとレッテルを貼るが、そもそも国は完全な自由貿易体制によって強くなるのでしょうか。


そもそも、アメリカの建国の父であるハミルトンは、1791年に「政府の支援なく近代産業が自ら発展するだろうと信じる者は間違っている」と論じています。つまり、建国直後のアメリカは保護主義的政策を取っていました。第一次大戦後、実質上、勝者だったアメリカが国際連盟に入らずに国内に力を蓄えたように、アメリカは幾度も保護主義的政策によって自国産業を復活させてきました。


このことは何もアメリカだけではありません。戦後復興を遂げた日本も、完全な自由貿易によって発展を遂げたわけではなく、国家主導型の産業立国で、アメリカにモノを買ってもらうことで成長を遂げました。原理主義的な自由貿易主義者は、歴史をもう一度振り返ってほしい。



3. アメリカの世論も経済学者も原理主義的な自由貿易に疑問を呈し始めた


さらにアメリカの主要メディアの報道とは逆に、アメリカ国民の多くは、実は自由貿易に反対しているという点も見逃せません。


ワシントンの公共宗教調査研究所(PRRI)の2016年度の調査によれば、白人の労働者階級のうち、「自由貿易は国民がよりよい商品を安価で購入できるので役に立つ」と回答したのは、33%にすぎず、「自由貿易は仕事を海外に奪われ、賃金を低下させているので有害だ」との回答が60%にも上っています。



グローバリズムを推奨する自由貿易主義者は、自由貿易によって、短期において損害を被る人が出ることを認めていますが、長期においては「すべての人々は豊かになる」と論じようとしています。しかし、それを証明できた人は実はいません。


経済学者のポール・サミュエルソン氏は、「自由貿易によって、長期にわたる所得の減少を被る集団が必ず存在する」と述べ、「すべての人が豊かになる」という自由貿易主義者の主張を一蹴します。冒頭の失業した鉄鋼労働者の父親がその例です。


その理由は、アメリカでは行われることがない、中国の商慣行に原因があります。中国では、先進国にある環境基準も労働法も守られていません。このため低賃金でローコストの生産が可能です。しかし、アメリカの労働者が比較にならないほどの不利な条件下で、中国と競争を強いられているなら、競争条件の公正さの問題は、当然議論されるべきものです。


また国民は、消費者である前に労働者でもあります。低インフレの時代には、モノが安くなるより、職を失ったり、賃金が上がらなかったりすることのほうに不満を覚えるのは当然です。消費よりも働くことのほうが人間の尊厳に直接かかわることだからです。


トランプ氏の政策の柱にあるのは、ケネディ大統領と同様、Welfare(社会福祉)ではなく、Workfare(雇用による福祉)とも呼べるものです。トランプ氏に保護主義のレッテルを貼るマスコミは、国民の消費者の側面ばかりに目を奪われ、雇用こそが最大の社会福祉だと考えるトランプ氏の意図を見落としています。



4.先進国へと脱皮を迫られる中国

焦っているのは中国だと思われます。米貿易赤字7962億ドル(約80兆円)のうち、対中赤字は全体の47%の3752億ドル(約40兆円)を占めています。米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、日本時間9日未明、トランプ政権は中国に対して、年間対米貿易黒字を1000億ドル(約10兆6200億円)減らす計画をまとめるように求めました。これは対中貿易黒字の25%に相当します。


これは裏返せば、経済成長を遂げようと思うなら、途上国のように輸出攻勢によって経済成長をしようとするのではなく、内需を拡大しなさい、それでこそ一流国の仲間入りができるというメッセージであります。しかも不動産バブルを招いた政府主導による内需拡大ではなく、国民の消費拡大による内需の拡大が求められていると言えます。


だが、80年代の日米貿易摩擦により、アメリカより内需拡大を突き付けられ、GDPの6割を消費で占めるまでになった日本と異なり、中国にとって構造転換は、体制転換を伴うものになる可能性があるのです。消費中心の社会をつくるには成長から取り残された人々の意見を聞く民主的な社会が必要だからです。


中国が巨額の貿易黒字を軍事費に転じ覇権拡大に結びつけてきたことは年を追うごとに明らかになってきました。これに対して、トランプ政権は関税による輸入制限を通して、「戦わずして勝つ戦略」を実行しようとしています。


中国は、昨年12月の大型減税法案成立による「税金戦争」でアメリカ企業の脱・中国、アメリカ回帰という痛手を経験したばかりです。次なる「貿易戦争」が体制転換を招くことがないよう、習近平国家主席は、独裁を維持しようとするでしょう。


だが中国が先進国の仲間入りを果たし、世界のリーダー的立場を担うためには、輸出ではなく、世界からモノを買うことで世界を豊かにする義務を果たさなければならないです。それと同時に日本も、トランプ政権と歩調を合わせて、大型減税で企業を日本に呼び戻し、中国の軍事的な拡張を封じ込める立場に立つべきです。

END


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